将来、大好きな歴史を子どもたちに教えたいと思った。

水野力斗(みずの りきと)さん文学部 歴史学科4年

歴史が好きになった理由を教えてください。

祖父が時代劇好きで、よく一緒に観ていたからです。特に好きだったのは、源義経が主人公の時代劇でした。当時、軽やかに舞いながら戦う義経や、仁王立ちで義経を守った弁慶に強く惹かれたのを今でも覚えています。

それからどんどん興味が膨らんでいったということでしょうか。

はい。時代劇だけじゃなく、中学・高校の歴史の授業も好きになりました。試験勉強をするのにも、自然と歴史の勉強から始めていた記憶があります。点数も、他の教科に比べて良かったような気がします。

愛知学院大学の文学部歴史学科を選んだ理由を教えてください。

歴史の教員になりたいと思い、それを達成するのに欠かせない学びが得られると確信したからです。愛知学院大学の文学部歴史学科は、40年の歴史を誇り、中部地区を代表する学科です。特に、多角的な視野を持って1つの分野を研究していくというプロセスが、教員を目指す上で必要だと感じました。

教員になりたいと思ったきっかけは何ですか?

中学・高校の時、非常にお世話になった教員の存在がきっかけです。中学の国語教員は、私に元気がない時などに、自宅へ電話をかけて気遣ってくれたりしました。あとから、そういった行動をクラス全員に対してしていたことを知って驚きました。同様に、高校の現代社会教員も、常に生徒の気持ちを思いやってくれました。高校時代は寮生活だったのですが、寮では昼食が出ないことを気にかけ、クラスの寮生全員に弁当を用意してくれていました。今でも忘れられない思い出です。


5つの分野について概説を学び、多角的視野を身につける。

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1年次の学びについて教えてください。

1年次は5つの分野(〈日本史〉〈東洋史〉〈西洋史〉〈イスラム圏史〉〈考古学〉)について概説を学びます。5つの分野の概説を総合的に学修し、ひとつの歴史に対して、多角的な視野を持って見つめられることを目指します。

1年次に学んだ5つの分野の中で、印象に残っている学びは何でしょうか。

「イスラム圏史」です。他の分野に比べて知識が乏しく苦労したという点で印象に残っています。「西洋史」や「東洋史」、「考古学」については、何となく知っている部分があったりしたのですが、「イスラム圏史」については完全に未知なる領域でした。毎回、予習して語句を調べて講義に臨んでいました。それでもわからない部分については、その都度、教員に訊ねたりして確認しました。

他の分野の学びは、日本史の学びに影響を与えましたか?

はい。「東洋史」の概説の講義中に、盧溝橋事件や満州事変などが出てきたのですが、その視点の違いに驚きました。日本史では、当然、日本側から捉えた歴史が細かく語られていますが、東洋史では、中国や西洋の側から広い視野で捉えた歴史が語られています。広い視野を持って眺めることで、歴史に対する考え方が変わることに興味を持ちました。2年次から日本史の学びについて専門的を高めていく前に多角的な視野を見つけることができたのは、非常に大きな意味があったと思います。

1年次の終わりには、専門コースだけでなく、ゼミも選択すると聞いています。

5つの分野の概説のカリキュラムでは、様々な教員の講義を受講できるので、どの教員のゼミを専攻するかを選択します。日本史コースには古代から現代まで4つのゼミがあり、私は近現代を扱っている後藤先生のゼミに入りたいと思い、志望しました。後藤先生は、その学生が興味を持つような話にからめて教えてくれるので、楽しくスムーズに知識を得られます。私の場合は、部活動で所属している野球をモチーフに、歴史の流れを教えてくれました。


難しいが面白い。ゼミで修得する、読み解く力。

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2年次から始まるゼミについて教えてください。

文学部歴史学科のゼミは少人数制なので、教員と学生の距離が近く、きめ細やかな指導が受けられます。アットホームな雰囲気の中で、それぞれが興味のあるテーマに取り組んでいきます。古い文献を解釈していく「講読」と専門分野の学びを深める「演習」があり、それぞれのカリキュラムが「基礎」から「専門」にステップアップしていくことで、歴史を探求する力を着実に身につけていきます。

2年次の主要カリキュラムとなる「日本史基礎講読B」について教えてください。

「日本史基礎講読B」は、これから4年次の卒論に向けて多様な文献を読み解いていくために、古文書や文献史料を読む力を修得します。

古文書や文献史料を読み解くのは、大学ならではの醍醐味ですね。

そうですね。中学・高校の日本史では、読むのは配布された教科書です。誰かが解読した内容を読むことになるので、全員が同じ内容を学んでいきます。それに対して、自ら文献を選んで読み解いていくということは、それぞれの選択や解読の仕方で内容が変わってくるということであり、読み解く段階から個人の研究が始まっているともいえます。

解読はすぐにできるようになるのでしょうか。

徐々に読めるようになっていきます。ゼミの「日本史基礎講読 B」に加えて、「古文書学」でも読み方が学べます。覚えた単語を頼りに文脈を考えながら読んでいくのです。高校時代、古文・漢文は得意だったのですが、それとは比較にならないほど大学で扱う古文書の難解度は高いです。時代によって言葉も変わるので、最初は比較的、解読しやすい江戸時代後期の古文書などを解読していきます。

解読のための史料などは学内にそろっているのでしょうか。

解読の史料だけでなく、5コースを網羅した広範な分野の文献を所蔵した、歴史学科専用の共同研究室があります。歴史学科の多くの学生が活用していて、私も、何かあるといつも足を運んで史料を探しています。


新しい情報を発見すると、新しい解釈が生まれる。

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3年次からゼミはどう展開していくのでしょうか。

2年次に引き続き、古文書や文献史料など文献を読み解く技術を高めながら、4年次でまとめる卒業論文制作に向けて、理解を深めていきます。

メインのカリキュラムとなる「日本史専門講読B」と「日本史基礎演習B」について教えてください。

それぞれの研究を展開させながら、ゼミでのプレゼンテーションなどの発表を通して、自らの考えを的確に伝える力を鍛えていきます。定められたテーマの下で研究を進めていく「日本史専門講読B」で、『木戸日記』を史料にして調べ、その中で、現在私が卒業論文のテーマに据えようと考えている山本五十六に出会いました。その後、テーマが自由な「日本史基礎演習B」で山本五十六を研究し始めました。

木戸日記の内容、山本五十六に関心を持った理由について教えてください。

木戸日記とは、木戸孝允の孫で昭和15?20年の期間に内大臣の地位にあった木戸幸一の日記を指します。内大臣秘書官長となった昭和5年から敗戦後に東京裁判の被告として巣鴨拘置所に収容されるまでのものが活字化されており、政治史上の重要な記録が含まれる日記とされています。山本五十六については、第二次世界大戦についてゼミで討議する中、後藤先生から教わりました。戦争の最前線にいながら戦争に反対していた人物だと聞いて関心を持ちました。

山本五十六をどんな人物だったと捉えているのでしょうか。

一般的に知られる山本五十六とは、連合艦隊司令長官としてハワイ真珠湾作戦を立案・実行した人物です。また、日独伊三国軍事同盟に反対するなど、当時の世界情勢における日本の実力を、軍で最も把握していたともいわれます。私は山本五十六を、戦争に勝つために何かをした人ではなく、国を守るために何ができるかを考えていた人なのだと思っています。例えば、ハワイ真珠湾作戦は乗り気じゃなかったのだと考えています。しかし、海軍と陸軍の狭間で、出撃せざるを得なくなった。戦うとなったら、「やれるだけやってみましょう」と覚悟を決めたのではないでしょうか。

様々な文献を読み、多角的な視野で考えて生まれた解釈ということですね。

はい。ただ、私が山本五十六に興味を持った理由は他にもありました。賭博好きだったことを物語るエピソードを文献から知り、英雄という部分以外の人間らしい姿に魅力を感じたのです。新しい情報を発見して、研究していた対象に新しい側面が生まれる瞬間が非常に楽しいです。


硬式野球部に、視点を変えて恩返ししていく。

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4年次は、卒業論文制作に向け山本五十六についてさらに専門的な研究しているのですか?

ずっと山本五十六について研究してきたのですが、現在は、異なる内容の研究をしています。「名古屋における職業野球の成立と展開」というテーマです。これまでの人生で私は、歴史と野球に情熱を注いできましたので、研究対象も、常にこのどちらかなのです。

なるほど。硬式野球部における歩みを教えてください。

子どもの頃からやり始めて、ずっとポジションはピッチャーでした。ただ、高校時代に肩を痛めてしまって、当時は10番の背番号を付けてベンチに入っていました。大学入学後は、愛知学院大学は優れた選手が大勢集まっているので、練習試合以外には登板するチャンスもなかなか得られず、応援団長としてスタンドで部員たちに檄(げき)を飛ばしていたこともありました。それでも、3年次にはファーストとしてベンチに入り、大学入学後、初めて公式戦に出場することができました。嬉しかったですね。

実力を認められたのですね。

実力というよりも、努力を見ていてくれたのだと思います。私は、地理歴史の教員を目指していて、教職課程の履修とともに教員試験対策講座を受講しています。そのために部活動の参加時間が遅れることもしばしばありました。それを挽回しようと、いつも部活前や部活後に来て素振りなどの練習していました。そういう点を監督は見ていてくれて、秋の大会に出してくれたのだと思っています。

4年次も硬式野球部の活動には参加しているのですか?

はい。学生コーチとして活動に参加しています。当然かもしれませんが、選手の時とは全く違う視点が求められますね。選手の時は、まず個人としての技術を磨き、その上でチームにおける自分の役割について考えないといけませんが、コーチは全体を見渡し、その中の個人を見つめていく必要があります。今年から新しい監督が着任したので、その監督と選手たちの意思疎通がスムーズに行われるための橋渡しになることも求められます。新しい視野を持って、硬式野球部に貢献していきたいですね。

最後に高校生へメッセージをください。

愛知学院大学に入学してくる人の中には、学力や野球の技術など何か秀でた部分を持っている人が大勢います。そういう人と比べると、私は中途半端かもしれません。でも、優れた部分はなくても、何事にも積極的に取り組む気持ちは負けていないつもりです。歴史の勉強や野球など何事にもあきらめず、前向きにチャレンジしてきたことで、今の充実した状況があるのだと思っています。だから、これから愛知学院大学に入学する後輩の皆さんには、ぜひどんなことにも積極的に取り組んでもらいたいです。多様な出合いに、多角的な視点を発見できるこの大学では、やったことに対する成果が必ず見つけられます。硬式野球部の監督から言われた、好きな言葉があります。「NO PAIN, NO GAINS(苦労した分、戻ってくる)」。


取材を終えて

水野さんの清々しい印象が心に残っています。ただ、その清々しさは、全てのことに常に前向きに取り組んできたから、というだけではないようにも感じました。文学部歴史学科で身につけた「多角的なモノのとらえ方」が、人生の中で、多様なことに対して自然に出来ているからではないでしょうか。歴史と野球、選手とコーチ、歴史の学びと教員という職業……。一見、全く関係のない事柄にもつながりを見つけているからこそ、いつも別々のことをしているのだと感じずに、全てに全力で向かっていけるのではないかと思います。「NO PAIN, NO GAINS(苦労した分、戻ってくる)」、この言葉、水野さんの歩んできた道のりそのものだなと感じました。良いお話をありがとうございました。

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