「心とはなんぞや?」から生まれた人への探究心

加古 恵里菜(かこ えりな)さん 心身科学部心理学科 3年生

宗教文化学科を選択した理由を教えてください。

もともと高校生の頃より「人とはなんぞや?」「心とはなんぞや?」など哲学や心理学的にアプローチして考えることが好きでした。大学進学を考えた際に、その好きなことを学べる大学・学科を探していたところ、宗教文化学科にたどりつきました。

愛知学院大学以外の選択肢は考えなかったのでしょうか?

最初は他大学も選択肢の1つでした。宗教関係の学科といっても多くありますので他大学も含め資料請求をし、その内容を確認した上で愛知学院大学を選びました。

愛知学院大学進学の決め手は何だったのでしょうか?

正直に話すと最初は「宗教を学ぶということ」それ自体がよく理解できていませんでした。漠然と考えていたのは「仏教やキリスト教やイスラム教のことを学ぶのかな?」程度のことです。宗教というだけで難しく考えたり新興宗教など悪いイメージを持つ人もいます。そのような時に、取り寄せた愛知学院大学の資料を読んだところ、宗教とは概念的なものではなく「宗教は生活のすぐそばにあるもの」「人間そのものを学ぶこと」「人の心に向きあうこと」と書かれていました。まさに僕が学びたいことは「人間そのもの」で「人の心と向き合いたい」と感じていたので、愛知学院大学文学部宗教文化学科を選択しました。

なるほど。

その他には偶然にも親戚が僧侶でその縁があったことや、その親戚や進路相談をした先生から愛知学院大学は仏教の分野で有数の大学であると聞いていたことも後押ししてくれました。また経済的支援をしてくれる新入生特待制度も魅力的に感じました。

新入生特待制度とはどんな制度なのでしょうか?

簡単に言ってしまうと入学初年度の納入金の大半が免除になる制度です。対象となるのは「前期試験A ・前期試験B・前期試験M・中期試験・後期試験・センター利用試験Ⅰ期」合格者で、入学試験成績優秀者が選考されます。2年次以降についても成績上位の人(5%以内)には奨学金が支給されます。(2010年入学生実績)(詳細は新入生特待制度のページをご参照ください)
僕自身、折角受験するならこの制度を利用しようと受験勉強を頑張りました。結果この制度を活用することができ非常に嬉しく思っています。


高校での挫折感から得たもの。

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そもそも人や心に興味を持ったきっかけを教えてください。

高校時代に経験したことがきっかけです。中学までの15年間は何不自由なく過ごしてきましたが、高校に入学して初めて挫折感みたいなものを味わいました。高校進学では地元を離れ、誰も知らない環境に飛び込むことになったのですが、友達づくりにとても苦労したのです。人との関係に挫折を感じ、次第に学校がつまらなく感じるようになっていきました。

それは苦労しましたね。

こうなってくると悪循環に陥ります。さらに「自分を良く見せよう」「周りの空気を壊さないようにしよう」などと考えてしまい、自分が自分でないような状況に陥りました。最終的には自分自身のことがわからない状況になってしまったのです。

それはつらい経験だったでしょう。

はい。とてもつらかったです。こういう時は自分自身と向き合わなくてはならないのですが、それが中々できない。そんな状況がしばらく続きましたが、このままでは前に進めないと考えて夏休みに自分を見つめなおしました。

どんな風にみつめなおしたのですか?

よくよく考えてみると「目の前にいる全員と仲良くなろう」と考えていたこと、それに合わせて自分をつくろうとしていたことに気がつきました。そんなの無理ですよね。でもその時は必死だからその無理がわからなかった。だからもっと肩の力を抜いて、まずは自分自身を素直に表現して「気の合う人との付き合いを大事にしていこう」と考えるようになりました。

なるほど。

その気持ちをもてたことも大きかったですが、 さらには「クラスの中だけが高校生活ではない」と考え、 教室の外にも目を向けるようにしました。 そのおかげで文化祭実行委員や体育祭の応援団長、生徒会と活動の場を広げることができました。 またその経験から何でも相談のできる親友と呼べるかけがえのない仲間にも出会うことができました。 写真部にも所属し全国大会に出場できたことも心に残る思い出です。

それは良かった。

対人関係での悩みから始まった高校生活でしたが、その悩みのおかげで自分と真剣に向き合い見つめ直すことができました。またその変化がきっかけとなり多くの人と関わることで、かけがえのない親友もできました。本当に充実していた高校生活でした。

学び多き高校生活でしたね。

はい本当にそう感じます。大学に来て学んだからこそ言えることでもあるのですが、高校時代の経験は単に人間関係を築けたというだけでなく、自分自身をも受け入れることができたと言い換えることができます。それは人間的な成長にもつながっていると思うのです。逃げずあきらめずに自分と向き合うことで活路を見いだせたことは将来につながる大きな経験だったと思います。

その経験が人間そのものを理解する宗教文化学科への進学にもつながった。

まさしくそのとおりです。高校時代の友達づくりや自分自身を見つめ直したことが人や心への関心につながったのです。


大学と高校の違い。ゼミに期待する本当の対話。

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大学へ来て高校との違いは感じましたか?

高校までは時間割が決まっていますが大学では授業を自分で選択しないといけません。「そんなこと当たり前だ」と思うかもしれませんが、想像していたよりもそれは大変なことでした。

樫山君はその大変さをどのように乗り越えましたか?

まず自分で選択していくためには「何を学びたいのか?」「何を吸収していくのか?」「何を自分の糧にしていくのか?」などを考え、自分の意思を明確にしました。自分の意思を明確にした後はシラバス(※)を読み込むなど、自分の意思や目的と照らし合わせ授業を選択していきました。

※シラバス
講義などの要旨。開講される科目について、事前に立てられた講義内容や開講期間中の進度などの計画を記したもの

まずは自分の意思を明確にした。

はい。実は授業選択でのこれらの行動は改めて「自分は何を学びたいのか?」「どうなりたいのか?」と考える良い機会なのです。この機会を通じて自分と向き合うことは「必要なこと」「学ばなくてはならないこと」を再認識する場でもあるのです。同時に「取捨選択」することの大切さもわかってきます。

なるほど・・・・

そのような過程を経て授業を選択した後は「吸収」という2文字が大切です。授業を受けた結果「何が吸収できたのか?」それを毎時間振り返る。その積み重ねが実際の「糧」となっていきます。同時に振り返ることで自分の選択やその過程が間違っていなかったのか確認することもできます。

宗教文化学科の1年次からの流れを簡単に教えてください。

1年次は宗教を学ぶ上での入門科目として、「宗教学入門」「仏教学入門」「禅学入門」の中から2科目を選択します。これら宗教学の基礎科目と教養教育科目を併せて履修することで、幅広い教養と宗教学の基礎を身につけます。2年次は宗教・宗教文化に関する多彩な科目から幅広い分野を学んでいくことで、自分の関心が「宗教文化」「仏教文化」「禅文化」のうち、どのコースに向いているかを判断します。3年次は選択したゼミを拠点として興味のある分野について専門性を高めていき、4年次に総まとめとして卒業論文を作成しステップアップをはかります。

まとめると1・2年次は幅広く学び、様々なことを吸収し「自分が何を専門にしていくと良いか」などを決定していく期間といえます。それを基に3年生からは専門性を追求していく流れになります。

樫山君はどのコースを選びましたか?

「仏教文化コース」の引田ゼミを選択しました。弘田教授は先に話をした僕が宗教学科への進学を決意した「宗教とは人の心に向き合うこと」という言葉を書いていた方です。「宗教を学ぶことで人間そのものを理解することができる」と教えてくださった弘田教授のもとで学んでいくのが楽しみです。


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ゼミではどのような形で進んでいくのでしょうか?

まだゼミが始まっていないので正確なことは言えませんが(取材時2010年3月18日 樫山君2年生) 最初はこれまでに学んだ仏教の歴史や概要の復習を含め、仏教を理解する上で一番の源流であるインドの釈迦の話から、日本の仏教に至るまで幅広く学ぶと思います。そして後期からは自分の意見をまとめレポートや論文を作成したり、自分の考えを発表していくと聞いています。

自らが積極的に関わっていく感じですね。

はい。レポートや論文をもとにゼミ生同士での意見交換もあるでしょう。それが楽しみです。僕は本気で意見をぶつけ合いたいです。みんなと本当の対話ができると期待しています。

本当の対話とはどういう意味ですか?

今の日本には本気を見せないのが「かっこいい」という風潮があります。また反対意見であっても言わないでその場を過ごしてしまうことが多々あります。僕はそういう風潮が大嫌いです。本気でぶつかりあうからこそ、その先に真実が見えるのであり、その追求が人間そのものの理解に通じると思うからです。そういう意味合いで自分の意見や意思を率直に相手に言いそれに答えること。それが本当の対話だと思っています。

なるほど。よく理解できます。

今後ますます世界の距離は縮まりグローバルな社会になっていくでしょう。海外の人との対話も増えます。その場では日本人としてのアイデンティティーなるものがさらに必要になる。そう考えても自分の意見をはっきりと示しそれに答える「本当の対話」が重要です。それが相手の理解さらには人間理解につながっていくものだと感じています。

樫山君と話をして「宗教」も「対話」も人間理解には大事なことだと感じてきました。

(笑顔で)そうですか。ありがとうございます。よく考えてみると「宗教学科」ではなく「宗教文化学科」だから良いのだなと感じる所もあります。宗教と文化は切っても切れない関係であり文化の中に宗教の要素が込められています。海外に行けば宗教はさらに密接で生活それ自体にも大きな影響を与えている。その歴史や背景を探ることが人それ自体の理解につながっていくのは、宗教が文化や生活に密接に関わっているからだと思います。

そう考えていくと引田教授の言葉がまた浮かんできます。

「宗教を学ぶことで人間そのものを理解することができる」。どう考えてもそこにたどり着いてしまう(笑)。また現代は人間関係が軽薄になりがちです。インターネットや携帯の普及でコミュニケーションも変わりました。言葉をくみかわさなくても理解し合える「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉も聞かなくなった気がします。このように、ますます人間理解が難しい時代だからこそ人間そのものを理解しようと努める宗教という学問は重要なのではないでしょうか?


笑顔をつくる仕事。その先にあるもの。

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将来はどういう職に就きたいのでしょうか?

僧侶になることは数ある選択肢の中の一つとして捉えています。その一方でいまイベントコンサートスタッフのバイトをしていて来場者の笑顔をよく見ます。僕は笑顔が大好きです。特に人の笑顔を見ることが。そこでわかってきたのは自分自身「笑顔」をつくる仕事をしたいと考えているということです。 「相手の笑顔」と考えれば僧侶もイベントスタッフも僕にとっては同じような仕事に感じます。

僧侶が笑顔をつくる仕事?おもしろい意見ですね。

例えば、亡くなった方を厚く供養し、遺された方々の心を救うことができると考えてはどうでしょう?それは相手の笑顔をつくることへつながりませんか?実際、人がこの世からいなくなるということは悲しいことです。ただそこで悲しむだけではなく供養によって故人を偲ぶ状況が生まれたなら、それは相手の心のやすらぎ、笑顔につながると言えます。

興味深い考え方です。

ありがとうございます。ただ、まだまだ漠然としているのでこれからゼミを通じて新たな学びを経て、数ある職業の中で自分には何が向いているのかということを見つけていきたいと思います。

振り返ると本当に充実した学生生活を送っていますね。

はい。最近では心に余裕ができてきたのか、写真撮影を再開しました。大学に入ってからはロードバイクも始めました。晴れた日は大学まで30キロの道のりを自転車で行きます。日の光や風を感じとても気持ちが良いです。休みの日は自転車を走らせながら自然を撮りによく出かけています。今度半日かけて京都まで自転車で行こうと計画中でその時もいっぱい写真を撮ってこようと考えています。

最後に高校生のみなさんへひと言、お願いします。

宗教っていうと偏見を持つかもしれませんが、宗教を知ることで人そのものが理解できます。人とは相手は言うまでもなく自分自身も含めてです。宗教文化学科での学びはまさにそこへ直結していて、相手や自分の理解を助けてくれるものです。自分のことを知りたい人、価値観の違う相手を知りたい人など人間そのものに興味がある方にこの宗教学科へ来て欲しい。またその人間理解に必要な対話力を身につけ本音で言葉を交し合う。その先に見えるものはこれからの社会で必ず求められる力だと思います。


取材を終えて

宗教というと難しいものだと考えがちです。それが樫山君と話をしていて、宗教とは「人間そのものを学ぶこと」「人の心に向きあうこと」、つまり宗教を学ぶことは「人間を理解していくことにつながる」ということが理解できました。それは宗教というものが人々の文化や生活そのものに影響を与え、人と密接に関わってきたからこその所以です。ゼミで「真の対話力を身につけたい」というのも、「人を理解し認め合いたい」という樫山君の強い志。将来は「笑顔をつくる」という夢は必ず叶うと思います。楽しい対話をありがとうございました。

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