一度就職した後、再度大学進学をめざす。

石川 太朗(いしかわ たろう)さん 文学部国際文化学科 4年生

石川君は4年生ですが進路は決まっていますか?

はい。英語の教師になりたいと思っています。

英語の教師を目指したきっかけを教えてください。

僕は高校卒業後、一端、社会に出て働くことを選択しました。仕事をした期間は1年ですが、その時に大学進学を思い立ち仕事をやめて1年間予備校に通いました。そこで英語の教師になろうと思ったのがきっかけです。

社会に出て改めて大学に進学しようと思ったわけはなんでしょう。

僕の勤め先にアルバイトの大学生がいたのですが、その人から勉強とバイトの両立で悩んでいるという相談がありました。ただ僕自身、高校時代はクラブ活動中心(陸上部)の生活だったので悩むほど勉強をしたという経験もなく、良いアドバイスができませんでした。その時、真剣に勉強に取り組むその経験もなく社会に出てきた自分を振り返って「このままでいいのか」と考え直したことが大学進学を考えたそもそもの理由です。

予備校ではどんな学習を?

実は高校3年間は全くといっていいほど勉強する時間がありませんでした。母校の陸上部は強くその活動に全力を傾けていましたから。だから僕の場合、予備校とはいえ高校1年生の内容から学び直さないといけない。先日、たまたま予備校時代のスケジュールを振り返っていたのですが1日最低でも15時間、机に向かっていました。

1日15時間!

僕以外の人は大学受験のために予備校に来ています。僕はそれにプラスして高校時代のことも学び直さないといけないので、15時間でも足りないくらいに思えていました。それに一度はじめた仕事を辞めてまで大学進学を選んだわけですから周りに負けたくなかった。そういう強い気持ちで講義を受けていました。


一番苦手だったから英語の教師を目指した。

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そこで英語の教師を目指すわけですが、やはり英語が得意だったからですか?

いえ。 英語は一番苦手でした。 逆に苦手だから英語の教師になりたいと思ったのです。

えっ?それはどういうことですか?

苦手ということは、わからないことばかりですから悩みますよね。その「わからない」過程を多く経た人の方が指導面では向いている気がしたのです。頭の良い人は理解が早いですからそのわからない所が理解できない。「そんなの当たり前でしょ」という感じで。それではその部分でつまずいた学生を指導することはできないですよね?僕はつまずきっぱなしだからその指導ができると感じたのです。

なるほど。興味深い話です。

実は小学4年生の頃、小2の妹に「どうしたら(お兄ちゃんみたいに)速く走れるの?」と質問を受けたことがあります。その時に「逆になんで速く走れないの?」と感じました。僕は速く走れるのが当たり前だったから妹の気持ちがわからない。もちろん小学生なのでなおさら伝える言葉を持っていなかったのですが、「なぜ、速く走れないのか?」ということを経験し理解していなかったから指導ができなかったのではないでしょうか。

苦手な英語をどうやって克服していったのですか?

英語を教えてくれる友人がいました。彼は英語の不得意な僕を見ていきなり「He runs a store. を訳して」と言いました。知ってのとおり run には走る以外に経営をするという意味があります。そのことはみんな高校生で学んでいるわけですが、僕はそのまま「走る」と訳して笑われてしまいました。

ただ、それがかえって良かった。負けず嫌いの僕に火をつけてくれました(笑)。それ以来、彼には「どのようにしたら英語がわかるようになるのか?」を徹底して聞くようになりました。


苦手な英語を克服する。

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その友人はどのように教えてくれたのですか?

まずは「動詞を覚えなさい」とアドバイスがありました。動詞がわかれば極端な話、周りの単語がわからなくても文脈がわかります。文脈がわかれば何が言いたいのかわかると言うのです。例えば I want to (動詞) an apple. とあったとします。動詞がわからないとリンゴを食べたいのか買いたいのかがわかりません。逆にその動詞が eat であれば周りの単語がわからなくても「何かが食べたい」それぐらいは想像ができます。動詞というのは人の意思や行動を表すのでそれがわかるだけで何を言わんとしているのかはわかってくるのです。

それはわかりやすい学習法ですね。

動詞を覚える際も「長文を読みなさい」と。いわゆる全体の文脈、意味合いを理解する訓練をしろと彼は教えてくれたのです。それと同時にその他の単語も覚えていきました。

次の手順として「語順を覚えなさい」という指導がありました。いわゆる文法、文章の構成がどうなっているのかを学ぶ。そのためにとある予備校講師の参考書をすすめてくれました。その本で文法を何度も反復学習することで英語がさらに理解できるようになったのです。

何だか楽しそうです。

わかってくると楽しいですよね。単語や文法はそれぞれ1つずつの学びなのに、ある時点でそれら単体のものがつながって一度に理解できるようになる。ある意味、僕は乾いたスポンジのようなものだったので、この時期、一気に水を含んで飛躍することができました。今までにはない自分の成長を感じた時でしたね。


多様な学びができる環境。

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文学部国際文化学科はひと言で表現するとどのような学科なのですか?

詳細は大学案内や学部紹介のページを参考にして欲しいですが、要は単に英語が話せるというレベルではなくて、各国の文化や習慣まで掘り下げ、その理解を養うことで世界の人とつながっていく、そのために実践的な英語力を身につけようという学科です。何のために英語を学ぶのか?というと相手と意思疎通をしたいためです。そのためには語学力だけではなく、相手の生活やその背景にある文化の理解が必要なのです。そうしないと彼らがなぜそのように考えるのか、わからないわけですから。異文化である相手を理解していくその過程に共通言語としての英語があるわけで、英語で話せることは単なる手段であって目的ではないのです。

なるほど。興味深いアプローチです。

この学科には英米文化コース、アジア・オセアニア文化コース、比較文化コースと3つのコースがあります。学びたい目的に合わせて選択できるのですが、例えば文学、絵画、映画、音楽、テレビ番組、アニメなど現象面として普段の生活に関わっている文化現象から、歴史、民族、思想などその国特有の文化背景まで学びのアプローチは実に多様です。

自分が興味を持ったことが学べる環境だということですね。

はい。そのとおりです。学部内、学科内で自分がやりたいことが学べる、自分の興味に応じて選択できる環境が整っています。ただ愛知学院大学の場合、学部、学科内に話はとどまりません。例えば、最初は全く興味がわかなかったことが、学んでいく過程でおもしろくなっていくことってありますよね。極端な話、そうなってもこの大学では遅くない。その時の興味に応じて学べる環境があるのです。


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それはどういうことでしょうか?

この学科で僕は異文化のことを学んでいるわけですが、外国のことを学んでいる過程で、日本のことも気になってきたわけです。そこで自分の学科の領域外である日本の食文化のことに興味を持ちました。僕の選択した授業では日本酒の製造工程から造られている産地まで1年かけて学びました。この授業は教養部が開講しているもので卒業単位としても認められました。、このように自由度の高いカリキュラムが愛知学院大学の特長の1つです。学部や学科の壁を超えた履修が可能であったり、700の授業を超える教養部での授業があるなど学生のことを考えた環境が整っています。(「学びの特色」を参照)

そこが石川君の感じた愛知学院大学の良さなのですね。

はい。あとは、入試センターやキャリアセンターなど職員の皆さんが学生のことを良く考えてくれていることもこの大学の良さです。大学に入って1年ぐらいではそのことに気づくことができなかったのですが、2年目ぐらいから様々な場面でそれを実感しました。日頃から僕たち学生にみなさんが気軽に声をかけてくれて、そのことを本当に嬉しく思っています。今、参加しているCOP10に関わる「朝日新聞・メ?テレ 環境8大学学生プロジェクト」についても入試センターの方から声を掛けてもらって、その機会に恵まれました。


COP10に向けた大学学生プロジェクト愛知学院大学代表へ

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そのプロジェクトについて教えて下さい。

2010年10月に、生物の多様性の保護を目的とした国際会議生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開催されます。このCOP10を機に大学生が中心となって現在実際に起こっている環境問題を解決する為のアクションプランを作成、実行し、それを朝日新聞やメ~テレで情報発信することにより、大学生発の環境ムーブメントを起こすことを目的としています。

そこに石川君は参加しているのですね。

はい。愛知学院大学の代表として選んでもらいました。大変ありがたいことでとても貴重な機会を得たと感じています。活動としては、朝日新聞名古屋本社に愛知県の8大学から各校2名合計16名が集まり週1回の定例ミーティング(3時間)に参加しています。

どのような議論や活動をしているのですか?

まず、運営は学生が主体です。議長決めから議事進行まで全部です。そこでアクションプランを決めていくわけですが今はその作成過程にあります(2010.5.20現在)。 参考になる活動としてSATOYAMAイニシアティブという活動があります。例えばそれを学生なりの言葉に置き換えるとどうなるのか?という議題が与えられ、僕たちは「共生」という言葉にたどりつき、それがどういうことなのかと考えてみたり、自分たちの身近で起きている生物多様性の危機や環境問題を考えたり、そういった議論の過程を経て具体的な活動をどうするべきなのか議論しています。


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今の段階で具体的に活動したことはあるのですか?

この4月に、のこぎりを使っての杉の間伐や炭焼きなど3日間の里山体験をしてきました。その作業の合間には「あいち炭焼きの会」のみなさんと一緒に、化学肥料の代わりに竹炭を使った無農薬野菜や渓流魚で食事を準備したり、竹で自分の食器をつくったりしました。今日は実際、つくった炭などを持ってきました。

見せてくれますか?

はい。(袋から実際つくった炭を取り出しながら)実はこれ、竹でつくった炭なんです。同じ竹炭でも中まで詰まった良い炭は通電できるそうで、これらは全部、良質な炭です。他にも(竹でつくった一輪挿しを出しながら)例えばこの一輪挿し。使えなくなったら一端、山に戻して消臭剤にして再利用、消臭剤としての効果がなくなったら再び、山に戻し粉々にして畑にまきます。炭は虫を寄せ付けないので農薬の代わりになるそうです。

なるほど。

竹1つをとっても1.商品 2.消臭剤  3.農薬の代替品。と3回循環できます。これって凄いことですよね。そもそも竹は成長が速く切っても絶滅しにくいものらしく、それであるならもっと有効活用できないのかとその場でみんなと議論もしました。例えば竹を加工していろんな商品をつくるのはどうか?(袋から出しながら)これは僕がつくった竹でつくった箸ですが、こうやって自分使いだけにとどめず他の人にも利用してもらえるように商品化する。いらなくなったら引き取って消臭剤にし、その商品も消臭剤も販売していらなくなったら回収して山に戻す。このプロジェクトでこのような活動ができたら良いなあと感じています。


支えてくれたみなさんへの感謝と強い思い。

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自分たちで考え、自ら体験し、また考え行動していますね。

この活動はこのように大切なことを教えてくれています。学部学科だけの活動だけだったらこんな風に考えることもなかったでしょうから。このような機会をすすめてくれた職員の方に本当に感謝しています。

とてもいい学びができているように感じます。

本当にそう思います。ただ、これは支えてくれる人が僕の周りにいてくれるからです。先の活動にしてもそうですし、振り返れば人生の分岐点にはいつも僕を支えてくれる方々がいてくれました。

例えば高校では素行が良くない時期がありました。その時は陸上部の顧問が「俺の家に来い」と2年間その先生の家で寝泊まりし生活を共にしてくれました。また予備校では、たまたま高校の時に教えてくれていた教師が英語の講師で「お前は英語の教師になれ」と言ってくれました。

最近では教育実習が始まる前にどうしても会っておきたかった、今年退任される保育園の先生に会いに行き「教育で1番大切なことは子どもの心に寄り添うこと」と教えてもらいました。先に話をした予備校時代に英語を教えてくれた友人も、働いていた時に悩みを打ち明けて相談してくれ僕に大学進学のきっかけをくれた人も、みんながいたからこそ今の自分がいるのだと強く感じています。その恩返しとしての意味でも英語の教師になることは必須で「必ずなるんだ」と強い意思をもって毎日を過ごしています。

振り返れば短い期間ながらにも紆余曲折がありました。そこで悩み考えたことは無駄ではないと思います。例えば高校生が進路で悩んでいたとして僕は就職、浪人、進学と経験しています。経験しているからこそ学生の悩みに応えることができます。僕みたいな少し変わった人間が教師になるのも悪くないと思っています。

最後に高校生のみなさんにひと言をお願いします。

大学はチャンスの場です。自分の専門分野だけは言うまでもなく、学外での活動など自分の専門以外から学びの機会を得ることもできます。ふとしたことから新しい好奇心が芽生えることもあります。そういった意味で大学は自分の興味・感心について学べる環境だけでなく、それ以外でも学びのチャンスが生まれる環境かどうかということも大事な要素ではないでしょうか?愛知学院大学にはその環境があります。新しいチャンスもそれを支える人も環境が整っています。そういった環境があるからこそ何でもトライすることができる。「やらずに後悔するよりやって後悔しろ」は、自分自身へのメッセージでもありますが、今から大学受験を迎えるみなさんへのメッセージでもあります。愛知学院大学に来ていろんなことを経験して欲しいですね。


取材を終えて

石川くんの第一印象は目に力があることでした。特にインタビューを受けた時の彼の目は印象的でそれは意思の強さを象徴しているように思えました。その意思の強さは今に至るまでの試行錯誤の結果です。どんな時も自分と相対し真摯に考え取り組んできたからこそ生まれてきたものだと思うのです。石川くんには生きる力を感じました。是非、彼のように様々な経験をしてきた人が教師になって欲しい。多様化、複雑化した成熟した社会では石川くんのように様々な経験を積んだ人こそが教鞭をとって欲しいと心から感じました。有意義な時間、貴重な話をありがとうございました。

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