
この度は就職内定おめでとうございます!
(笑顔で)ありがとうございます。
内定したのは、上場会社とか?
はいそうです。とあるメーカーで、当初はリクナビ(※)でブックマークが
2000人近くあった会社。それで採用が20名。さらに文系はその3割。
自分で言うのもなんですが狭き門ですね。第一志望でしたので嬉しかったです。
すごい倍率ですね(驚) そもそもその会社を受けようと思ったのはなぜですか?
もともとそのジャンルのメーカーへ行きたかったのです。
それは父がそういう仕事をしていてそこから憧れがあったのだと思います。
その会社以外も受けたのですか?
はい。でもどれもそのジャンルのメーカーです。
自分ではサービス業は向かないと思っています。
愛想も良くないし、
金融機関のように緻密な計算もあまり好きじゃないですし・・・(苦笑)
なるほど(笑)。内定までの経過はどんな感じだったのですか?
3年生2月リクナビで絞込み→3月中旬単独説明会→3月末書類提出
→4月末書類審査結果→5月初旬一次審査→5月末一次審査結果
→6月初旬二次審査→役員会議後最終決定という感じでした。
非常にタイトなスケジュールですね。
ええ。特に3月、各企業の単独説明会が重なる時で書類等揃えるのが大変でした。
※リクナビ・・・大学生・大学院生のための日本最大級の就職情報サイト

内容はどんな感じだったですか?
まず書類審査が約1ヶ月と長いですよね。これは後から聞いた話ですが、
1000名以上の書類を役員も含めて1人1人見てまず一次審査での100名に
絞ったようです。
すごい倍率ですね。ところで書類審査ってどんなことを書くのですか?
自己PRみたいなもので「学校で何をしたか?」「学校以外で何をしたか?」
それをエントリーに書く形です。
どんなことを書きましたか?
学校で学んだことはあとで話をするとして、「学校以外」では、
私こう見えてもいろんなバイトをやってるんです。
そのバイトから学んだことが多かったのでそれを書きました。
巫女さんや結婚式場でのバイトでは「言葉遣い、礼儀作法」
魚屋では、寒いときにやって「商売や、稼ぐことの難しさ」を学びました。
ウエディングドレスなどのモデルでは発表会の当日、体調が悪くなって、
でも自分の代わりがいないことから「責任感の重さ」を学びました。
共通してい言えるのは楽してお金が儲かることはないということです。
社会にでても大事なことをバイトで学んでますね。
まだまだ何にもわかっていないですが、社会を垣間見れたこの経験は大きな財産だと思います。
それらをエントリーシートに書くのですがその書類は面接の時にすごく誉めてもらいました。
どんな内容を誉めてもらったのですか?
箇条書きで書いて、一番言いたいことを朱色で書きました。
箇条書きで書いて提出したのは私だけ1000通以上あった中で私だけと聞いています。
「見やすかった、わかりやすかった」と言ってもらいました。
そこを評価して頂いたことは大変うれしかったです。
どうして箇条書きにしたのですか?
だって多くの書類をそのご担当者はご覧になるわけで、
だらだらとした文章だと読みたくなくなりますよね?
逆の立場だったらそうです。どんなに良いことが書かれていても、
読んで頂いてこそ価値があることですから。
相手の立場にたって行動する。そんなところが評価されたのですね。
ありがとうございます。書類審査もそうですが、面接も本当に家族的で圧迫面接もなく、
「学生」に接するというより、1人の人間として大人として接してくれて、
私の話を本当によく聞いてくれました。
素晴らしい会社ですね。面接ではどんなことを話されたのですか?
どんな内容だったかな(笑)??(少し考えて)
一時面接の時はちょうど私の誕生日なので、誕生日プレゼントをくださいと(笑)
それから
「プレッシャーを与えられるとそれに応えることができることが私の特徴」と自己PRをしました。
その根拠として中学の時の剣道部の試合で私が副将で私が負けるとチームが負けるというときに、
そのプレッシャーがバネになって気合が入って勝つことができたこと。
高校時代は演劇部の広報を担当していてお客さんがなかったのをどうにか倍にしたいと思って結果3倍にしたことなど
話をしました。
何か大変なことなのに楽しく聞こえますね。
ええ楽しかったです。もちろん面接という緊張感はありましたが、今まで経験てきたことを話しをしていることで、
何もつくろう事はありませんし。でもそうやって自分を引き出していってくれたことに感謝したいです。
そして二次審査。内定。
第一志望で採用いただけるとは思ってなかったので本当にうれしかったです。

大学に入るまでのことを教えてください。
実は私、高校を中退しているんです。すぐやめたかったんですけど、
高3になる前にやめて、すぐ大検をとる準備して、
同級生といっしょに受験、入学しました。
どうして高校はやめたの?
一言で言うとあわなかったですね。有名大学へ多く入るような進学校で。
そればっかりが幸せじゃないと思いましたし。
やめてハンディになるとは思わなかった?
当時は甘かったのか、そんなに感じていませんでした。でも両親は(やめることについて) 大反対で・・・当然ですよね。
実際はやめたハンディはありましたか?
やっぱりありましたね(苦笑い)。ここ(愛知学院)は、私をとってくれたの
ですけど、他の大学での受験のときにありました。
大検をとっているのにですか?
はい。履歴書というか応募する際に「高校中退」とでますからね。
海外から戻ってきて高校を受験していない人は採用するけれど、高校をリタイアした人は採用しないような、
そんなことを遠まわしに言われたこともありました。
なるほど。それは大変だ・・・
間違いなく、試験は自分で採点しても合格ラインだというのに落ちたところもありました。
ダメなことが続き、「普通に高校で頑張ってきた人を優先するかな」?と思ったこともありました。
このことは今回採用されたところではなく他の所へ回っていた就職活動中にでもあったと思います。
「高校をやめているから、ここでもリタイアするんじゃないの?」と言われたり・・・
でも、悲観したり、後悔したりはしてません。自分が歩んできた人生。
その人生に責任をとる。それが社会なんだと思います。

商学部産業情報学科ってどんなことをするのですか?
簡単に言うと、普通の商学科で学ぶことに加えて
パソコンを使って経済の分析をします。
産業情報学科にいながらも商学部商学科の授業も受けられるので、
自分にあった形で選択できるのが良かったですね。
どうして商学部を選んだのですか?
経済系の学部になんとなくやりたいことがあるような気がしてましたし、
興味もありました。
そこで経済・経営学部と商学部の選択に入るわけですが、私の頭の中には、
なぜか経済・経営学部→理論系、商学部→実践系という方程式みたいなものが
あったので、商学部を選択しました。
実際、授業はどうでしたか?
想像していたとおり、実践的な内容で、非常に興味深かったです。
例えば、コンビ二のことでも大学に入る前まではただ商品を買う何気ない存在だったのが、
考えられた商品陳列や店舗の立地条件と、勉強していく過程でいろんなことがわかっていくうちに楽しくなってきました。
実際、テストの中でもマーケティングの試験があって、自分で店を建ててどうやって集客していくか?
そんな内容のものがあって、試験をやっていてその試験自体が本当に楽しい試験でした。
自分でお店を考えたり、今まで受けてこんな試験はなかったので・・・
1・2年は一般教養が中心ですか?
そうです。1・2年は3・4年のゼミを充実することを考えても大事ですね。
ここで必至にとらないと後で苦しみます。授業内でも友だちが減ります(笑)
しっかりやるべきです。
ゼミは3年生からですね。
はい。私は国際マーケティングで梶浦先生。先生が良かったですね。
国際マーケティングとは?
一言では言い難いので例を出します。
例えば「カルロス・ゴーンがなぜ日産をV字回復させたのか?」そんなことをデータだけではなく、
日本人との違いにも触れながら結論を出していきます。
ほお〜。これもおもしろそうですね。で、なぜV字回復できたのですか?
いろんな要因が考えられますが、「いらないものは捨てる。必要なものだけ残す」
それに成功できたからだと思います。でも難しいのは、「何が必要で、何がいらないものなのか?」
見極めることではないでしょうか?その見極めもゴーンさんだからこそできたのだと思います。
日本人はあれもこれも大事にして、全て残して結果、失うことが多いです。
それは気質的なものだけでなく、ゴーンさんの場合、
限られた時間の中で自分がやるべきことを理解していたのではないでしょうか?
その使命感たるや、本当に凄いことだと思います。
捨てることには勇気がいりますよね。
ゴーンさんは本当に凄いですね。厳しさの中に温かさがあるような・・・
私、実は話をしたことあるんです。東京モーターショーに1人で行ってたら
たまたまいらして、通訳の方を連れて、私に質問してきたのです。
えっ?初対面なのに。どんな質問をされたの?
「どんな勉強してるの?」とか、見てたクルマのこと「どう?どこがいい?」って。
自分の意見を持っているのに徹底して私みたいな素人に聞いてくる。
あんなところが凄いと思いました。
昔、日産は四角張った男のイメージが強かったですが、最近ではマーチでも
見れるように女性のことを考え、それも詳細に設計されていますよね。
荷物を置く時のストッパーなど。あんなことも「まず聞く」ことから
はじめているからこそ、できるのではないでしょうか?
日産は、国内の力だけでなく、海外の力を入れたことで新しい風が吹いた。
日本だけでやっていくことは大切なことだけど、いいものは取り入れて
いかなくてはならない。ということが実証されていますね。

充実したキャンパスライフでしたね?
本当に楽しかったです。友達も私と同じ派手ではないけどみんな頑張って、
良い刺激を受けて励ましあってきました。高校時代が抜けている私にとっては、
勉強できることが純粋にうれしかったですね。
過去の経歴は関係なく通常の試験はその場が勝負じゃないですか?
頑張ったら1番になれる。頑張ったら評価される。
そのことが自分を奮起させていました。
それを目標に普段の授業も力が入る(笑)
頑張った授業はノートも詳細に書いてあって、そのノートは全部とってあります。
それをそれを見直して自分の励みにしていました。
おかげで成績はAやAAで本当に良かったです。
過去の経験がバネになってますね。
私には高校生活の思い出がないのです。悲観しているわけでなく、その分、大学だけはしっかり受けたい。
勉強したいと思っていました。だからその環境を与えてくれた愛知学院には本当に感謝しているし・・・
親にも迷惑をかけたと思っているので大学生活は充実させたかった。だから本当に良かったと思います。
それにこの産業情報学科の私たちは一期生なんです。
みんなが一斉にスタートできたことも幸せでした。
いい友達もできたし・・・
本当に出会いは大事ですよね。でも、けじめは大事だと思います。友人や周りには影響を受けますから。
サークルでの先輩との出会いも良かった。
入学試験のとき声をかえてくれた先輩が4年間、いろいろなアドバイスをくれました。
それも大きかったですね。
私は遊んだって感じはないし、お酒もあまり飲めない。派手な友達もいないけど、充実してました。
私だって憧れますよ。みんな綺麗でおしゃれで・・・
自分はどちらかと言うと地味で。化粧も就職活動をしてきてするようになったぐらいで。
それを考えると少し損してきたかな?って思うこともあります。
名古屋嬢にも憧れますし。髪もブランドバッグも。綺麗なお姉さんはもてるし・・・(笑)
でも学生の時にしか、味わえないことで満喫できたのですから本当に幸せだったと思います。
話を聞いていて本当に充実していたことがわかります。
最後に受験生に一言
目的意識(何をしたいか?)というのが一番大事だと思います。
大学に入ってからでも目的が変わってもOK。私が高校を中退しても今があるように充分取り戻すことができます。
でもその時の目的、その目的を大事にすべきだし、ないとダメ。
目標がないと人間堕落してしまう。
目的は変わってもいいので、今やりたいこと、興味あることに力を注いで欲しい。
自分の意志で自分の将来を決めて欲しいと思います。



